畜産農家が培養肉を生産?既存農家の「公正な移行」を支援する、RESPECTfarmsの取り組み

一般への普及には今しばらく時間がかかるとみられるものの、一部の国では販売認可が下りるなどの動きもある培養肉。もし全世界が培養肉のような代替タンパク源へと移行してしまったら、現在農業や畜産業に従事する人々の生活はどうなるのでしょうか?

この問いは培養肉業界に向けられる疑問の一つとなっており、畜産農家の生計手段を奪うことなく世界のタンパク質摂取を多様化させていくような施策を考えることも、培養肉が普及していく過程では不可欠です。

この問いに答えるため、Ira van Eelenら4人のオランダ人が、従来の農場で培養肉を生産する方法を提示するRESPECTfarmsを立ち上げました。

農家に培養肉生産への転換を促す


Iraの父親は、オランダ人研究者のWillem van Eelen。培養肉の先駆者として知られるWillemは、1980年代に今日行われているような培養肉を生産する技術開発の取り組みを開始しました。

1998年に培養肉生産の基礎的手法に係る特許を取得し、2000年代初頭にはオランダ政府の資金援助を受けた史上初の公的研究プロジェクトを主導しています。

The New York Times』誌などでも新技術として紹介され話題を呼ぶきっかけとなったこの研究は、培養肉が農家にとっていかに新たなビジネスモデルとなり得るかに焦点を当てたもので、これは伝統的な農場に培養肉生産を分散させるという、RESPECTfarms立ち上げのアイデアの種となりました。

Willemから受け継いだビジョンを広げるIraは、培養肉が気候変動対策と食料安全保障のソリューションになるとみており、「すべての農家が明日から培養肉を作るべきというわけではないが、よりレジリエントな農業システムのために現在のタンパク質生産を多様化する必要がある」と述べています。

畜産農家が期待できるメリット


果たして畜産農家は、自分たちが長らく慣れ親しんできた事業からの転換を望むだろうか?という問いに対してIraは、「それぞれの農家が食肉で生計を立てていた理由によるだろう」と指摘。

動物相手の仕事が好きだから、事業として成り立っているから、世界に食料を供給して食料安全保障に貢献できることを誇りに思っているから、などさまざまな理由が考えられますが、こうした動機であれば培養肉でも成り立つはず。

従って、これまでとは異なる(そしてさらに大きな数々の利点も得られる)方法で食肉生産を続けることは可能だとしています。

培養肉生産に切り替えることで、畜産農家にはいくつかのメリットが期待できます。まず、農家は少ない頭数でより多くの肉を生産することが可能に。培養する細胞が含まれる組織を採取するだけで、屠殺の必要もありません。

家畜の頭数が減れば疾病リスクを抑えて食肉の汚染も防げるほか、環境面のメリットも。再生可能エネルギーを用いた場合、従来の牛肉に比べ、培養肉生産では排出ガスを92%、大気汚染を94%、土地利用を90%削減できると試算されています。

工場ではなく農場を活用する理由


Iraによると、すでに必要なものが揃った農場は、工場よりも培養肉生産に適しているとのこと。農場には動物はもちろん、動物の扱いやその後の製造工程、衛生管理の方法を熟知している働き手がいます。農家は細胞に餌を与える役割を果たすことができ、リサイクルや廃棄物管理による残渣の処理も可能です。

Iraは、これは「農村部における農家の居場所、および食料生産を確保する一手になる」とするも、「これまでどおりのやり方を続けることを望む農家に関しては、何か別の農業形態に移行した方が賢明かもしれない」とも付け加えています。

RESPECTfarmsが公開している動画では、農家が建築家などの専門家と協力することで、畜舎を培養肉生産に適した「未来の農場」のデザインに改装することができると説明されています。

培養肉生産に欠かせない高価な機械設備も、考慮すべき点の一つ。医薬品業界向けに開発され、そもそもの設計が食品生産に適していないバイオリアクターは、現時点ではまだ高価な設備にとどまっています。RESPECTfarmsは、商業的に実現可能で、農家が投資するのに望ましい設計の開発を目指しているといいます。

EUで60戸の農家と対話を進める


RESPECTfarmsは、ドイツ農業協会(DLG)やスイスの農民組合Fenacoとのパートナーシップを構築。いずれも、それぞれの国で数千人の組合員を抱える主要組織であり、RESPECTfarmsのコンセプトへの支持を表明しています。

現在のところ、スイスとドイツで約10戸、オランダで50戸の農家と1対1の対話を続けており、2025年にはオランダで最初の農場の開設を予定しているとのこと。

将来的には、2029年までに最初の農場を完全に最適化することを目指しており、2030年以降に同じプロセスを拡大させる取り組みを開始する計画。「2038年までには1,000の農場を変革し、ネットワークを拡大・維持したい」としています。

これには対象となる農家はもちろん、規制や補助金を担当する政府や、消費者の賛同が不可欠。RESPECTfarmsの取り組みが、これらの障壁を乗り越えて持続可能な農場システムの構築を実現することができるかに期待がかかります。

参考記事:
Safeguarding the Future: How RESPECTfarms is Helping Farmers Transition to Cultivated Meat
RESPECTfarms ウェブサイト

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