イタリアの培養肉禁止法に急展開、政府が法案の撤回を決定
イタリア上院が7月に培養肉の生産・販売禁止を決議してから一転、政府がEUへの法案通知を取り下げたことを発表しました。EUの拒否による法案不成立を避けるための措置である可能性が高いとみられています。
上院は7月に禁止法案を承認
ジョルジャ・メローニが新たに発足させた極右政権は今年3月、「伝統的な食文化を守る」として、培養肉を含む細胞農産品のイタリア国内での生産・販売を禁止する法案を提出。違反した場合、6万ユーロ(約950万円)以下の罰金と工場閉鎖の措置が科されるといった内容でした。
この法案は、活動家や野党の政治家たちからは批判の的になり、左翼政党ピウ・エウロパのRiccardo Magi代表は、政府による「新たな犯罪」と主張。
GFI EuropeのAlice Ravenscroftは、この動きは経済的な可能性を閉ざし、科学の進歩を妨げ、消費者の選択肢を制限することになると述べ、「ほかのEU諸国や世界が、より持続可能で安全なフードシステム構築に向かって前進している中で、イタリアだけが取り残されることになるだろう」と警告していました。
しかし、こうした反対を押し切り、イタリアの上院は7月に同法案を承認。所属議員のうち60%が、人々の健康と国家の遺産を保護する名目で培養肉の禁止に賛成し、下院である代議院での承認を待つのみとなっていました。
EUへのTRIS通知を取り下げ
イタリアはEU加盟国としての義務に基づき、技術規制情報システム(TRIS)を通じた同法案の通知を実施済みでした。TRISとは、EU加盟国間に障壁を生じさせる可能性のある法律の制定にあたって通知を行い、それぞれの加盟国の国内法として採用される前にEUの承認を求めるもので、その決定において他国が意見を述べることが認められています。
基本的に、EU加盟国がEU法に反する法律を独自に制定することはできないため、培養肉が今後EUでの規制をクリアした上で販売されるようになった場合、イタリアだけが培養肉の生産・販売を禁止するというのはできません。
動物福祉などに関して提言を行う団体Essere Animaliによると、イタリアは先週、このTRISの通知を取り下げたとのこと。すでに複数の加盟国がイタリアの禁止法案に否定的な反応を示していたことを受けて、EUからの正式な拒否を避けるための措置である可能性が高いとみられます。
これまで、EUで培養肉の認可申請を行った企業は存在しないものの、EUは持続可能な食品生産への支持を表明していることから、いずれシンガポールや米国での認可に続く可能性が高いでしょう。つい先月には、欧州議会の農業委員会が、EU域内で植物性プロテインの生産を増加させる戦略の実施を決議しています。
Essere AnimaliのClaudio Pomoは、イタリアの「フランチェスコ・ロッロブリージダ農業・食料・森林政策相はこの闘いを前進させたいと発言しており、今回の禁止撤回にとどまらない動きが必ずあるはずだ」と指摘しました。
細胞農業の業界団体Cellular Agriculture Europeで会長を務めるRobert E. Jonesも、このニュースを歓迎する一方で、「イタリア政府は禁止の道を追求し続けるだろう」と警告。「イタリア政府は、EU委員会の精査を逃れながら、禁止法をまたじきに進めると予想される。このような動きはEU法に明らかに違反しており、気候変動に強いフードシステムの構築について行うべき真の対話から、大きく目をそらすものだ」と非難しています。
イタリア料理は右翼の政治家にとってのライトモチーフ
イタリアには世界に誇る食の伝統があり、国民もそれを大事にしているものの、しばしば狂信的ともいえる面がある事実を、『Financial Times』紙の記者Marianna Giustiは指摘しています。
今年3月の記事によると、ボローニャの大司教がイスラム教徒の住民を受け入れるため、地元で開かれる祝祭の料理に豚肉を使わないトルテッリーニ(中に詰め物をしたパスタ)を加えることを提案。これに対して、極右政党から「イタリアの歴史や文化を消そうとしている」との反論が出たといいます。しかしながら、19世紀後半まで、トルテッリーニの具に豚肉は使われていませんでした。
Giustiは、「イタリア料理は、ベルルスコーニ政権の時代に美女やサッカーがそうであったように、右翼の政治家にとってのライトモチーフになっている」と指摘。ロッロブリージダが、「シェフが間違ったレシピやイタリア料理のものではない食材を使ったりする」ことを恐れ、イタリア料理店の品質基準を世界的に監視するタスクフォースの設立を提案したのは、こうした背景によるものだといいます。
今後のイタリアの動きがどうなって行くのかは不透明ですが、EUにはすでに、新しい食品の安全性を確認する厳しい規制プロセスがあり、米国やシンガポールでもすでに安全性が認められているのは事実。イタリア政府は、消費者の選択肢を狭めることなく、国民が何を食べるかを自由に決められるようにするべきでしょう。
参考記事:Che Sorpresa! Italy U-Turns on Cultivated Meat Ban – For Now
* 2024.04.14追記:その後、2023年11月に本法案は下院で可決されて成立し、イタリアは培養肉を禁止した初の国家となりました(法律の施行はまだの様子)。培養肉の禁止と合わせて盛り込まれていた、植物性食品の表示を規制する内容については、2024年2月に「国内企業に与える影響を鑑みて再考する」と報道されています。
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