【シリーズ 未来の食】 第5回 細胞培養 〜エシカル&サステナブルな肉を生み出す新技術〜

【シリーズ 未来の食】

最終更新日:2024.04.30

第1回 世界で広がりを見せる代替プロテイン、どんな技術や製品がある?
第2回 代替プロテインはなぜ必要?社会に与えるインパクトを解説
第3回 代替プロテイン業界の歩み、誕生から現在に至るまで
第4回 植物性食品 〜日本の家庭でも身近な健康食〜
第5回 細胞培養 〜エシカル&サステナブルな肉を生み出す新技術〜
第6回 培養肉の製品化に向けて、クリアしなければならない課題は?
第7回 培養肉の認可に必要なプロセスは?各国で異なる法規制と申請の流れ
第8回 微生物発酵 〜菌のはたらきを活用する生産手法を深掘り〜
第9回 その他の技術開発動向について(分子農業、昆虫食ほか)

普及が待たれる代替プロテインの新たな選択肢


2022年11月、地球上の総人口が80億人を突破しました。1975年に40億人だった人口は、たった半世紀のうちに倍増し、国連では2059年までに100億人に達すると予測しています。

そして人口増加に伴い、畜産品の需要も年々増加。特に中国やインドなどこれまで比較的貧しかった国々で、国が豊かになるにつれて食肉の消費も急速に増えてきました。ですが問題は、利用可能な資源の量は、需要の増加に追い付かないということです。

もしも、より多くの人が植物性プロテイン中心の食生活に移行すれば、多くの問題は解決され、世界はより良い方向に向かうでしょう。そのため、植物性食品業界はこれからも一層の成長が期待されますが、今までどおりの肉食を続けたい人にとってはどうしても物足りないかもしれません。そこで今最も注目するべきなのが、細胞培養の技術です。

培養肉の生産プロセスは?


培養肉生産の手法を簡単に説明すると、はじめに生きた牛や豚の組織から細胞を採取。シャーレなどに培地(培養液)を入れ、まずはその中で細胞を小規模に育成します。培地にはアミノ酸、グルコース、ビタミン、無機塩類などの基本的な栄養分に加え、成長因子と呼ばれるタンパク質が含まれ、細胞の成長や分化を助けます。

次に、バイオリアクターと呼ばれる大型のタンクを培地で満たし、細胞を2〜8週間程度かけて大規模に培養・増殖させます。十分に細胞が増えたところで「収穫」し、肉の形状になるよう加工します。

細胞を培養するにあたり、筋肉に分化する細胞を用いれば筋肉の、脂肪に分化する細胞を用いれば脂肪の元となる培養物が得られます。また、適切な細胞株が樹立されれば、毎回動物から細胞を採取してくる必要もありません。

細胞が分裂を繰り返して筋肉を形作るのは生物体内で行われるのと同じプロセスのため、従来の肉と違う点は、どのようにして育ったかということだけ。完成してしまえば、生物学的に見ても全く変わることのない、正真正銘「本物の」肉となります。

ただし、通常こうして作られるものはひき肉にとどまり、ステーキ肉やヒレ肉のような分厚い筋肉(ホールカット肉)では毛細血管がないと中心部の細胞にまで栄養分が行き渡らず、成長させることができません。このため、ホールカット肉は「最後のフロンティア」といわれ、多くの企業が目指す最終目標となっています。

3Dプリント技術を用いた血管の再現や、バイオリアクター内で細胞を付着させる足場の活用などにより、解決が期待されています。

代表的なスタートアップ企業まとめ


細胞培養食品を手掛ける、代表的なスタートアップ企業を以下にまとめました。

 企業名 国名 設立年
GOOD Meat ▶︎ 🇺🇸 米国 2016

Eat Justの培養肉を扱う子会社として設立
2020年12月、シンガポールで世界に先駆けて培養鶏肉を発売
血清不使用の培地についてシンガポール当局の認可を取得
2023年6月に米国での販売認可を取得し、ワシントンD.C.のレストランで提供(現在は停止中)

UPSIDE Foods ▶︎ 🇺🇸 米国 2015

2021年、ウシ胎児血清(FBS)を使用しないアニマルフリーの培地を開発
2023年6月に米国での販売認可を取得し、サンフランシスコのレストランで提供(現在は停止中)

Aleph Farms ▶︎ 🇮🇱 イスラエル 2017

宇宙での培養肉生産を計画し、3Dプリント技術と組み合わせて国際宇宙ステーション(ISS)での生産に成功
欧州で初となる培養肉の認可申請を実施(スイス、英国)
イスラエルで安全性認可を取得(2024)、培養牛肉では唯一の製品化が可能な企業に

SuperMeat ▶︎ 🇮🇱 イスラエル 2015

2020年、テルアビブに培養肉の試食が行えるレストラン「The Chicken」をオープン
味の素からも出資を受け業務提携
培養鶏肉でユダヤ教のコーシャ認証を取得

Mosa Meat ▶︎ 🇳🇱 オランダ 2016

世界初となる培養ハンバーグを披露したマーク・ポストにより設立
オランダ国内に世界最大といわれる培養肉工場を保有
培養肉企業として初のB Corp認証を取得

Meatable ▶︎ 🇳🇱 オランダ 2018

iPS細胞の分化を劇的に早め、4日間で望みの筋細胞や脂肪細胞を作り出す特許技術「OPTi-OX」を保有
シンガポールで培養豚肉の試食イベントを開いており、2024年の発売を計画
オランダでもEU初の試食イベントを開催

Vow ▶︎ 🇦🇺 オーストラリア 2019

「今までにない食べ物を作り出す」をコンセプトに、シマウマ、アルパカ、水牛、カンガルー、ワニ、マンモスなど多様な細胞を扱う
シドニーに南半球最大の培養肉工場を保有
シンガポールで培養ウズラ製品の販売認可を取得し、レストランで提供開始(2024)

Umami Bioworks ▶︎ 🇸🇬 シンガポール 2020

フィッシュボールやハタの切り身などの培養魚の開発に成功
2023年に日本進出を発表、日本企業との提携を模索しながらウナギやマグロの開発を目指す
マレーシアのCell AgriTechと共同で、アジア太平洋地域で最大となる培養肉・シーフード工場の建設を予定

インテグリカルチャー ▶︎ 🇯🇵 日本 2019

培養肉の実用化を目指す同人サークル「Shojinmeat Project」からスピンオフ
生体内の環境を模倣した大規模細胞培養プラットフォーム「CulNet System」を開発
血清などの成長因子を一切使うことなく、培養フォアグラの生産に成功
令和4年度補正予算「農林水産省中小企業イノベーション創出推進事業」に採択される

ダイバースファーム ▶︎ 🇯🇵 日本 2020

細胞を生きたまま結合させる特許技術を持ったバイオベンチャー企業と、ミシュラン一つ星の日本料理店オーナーシェフが共同で創業
2025年の大阪・関西万博で培養肉製品の販売を目指す

培養牛肉 ©︎Aleph Farms

培養ウナギ ©︎Forsea Foods

培養鶏肉 ©︎UPSIDE Foods

バイオリアクター ©︎GOOD Meat

自宅で食肉の培養が可能に?


培養肉生産は、細胞の成長を促進する成長因子などにコストがかかり、現段階ではスケールさせるに至っていません。それでも、細胞株や培地などの原料メーカー、バイオリアクターなどの装置メーカー、成形技術の研究企業など、徐々に周辺領域を含めたエコシステムが形成されつつあります。

また、生産手法に関しても、今後も色々なアプローチが出てきて、技術革新が進むものと予想されます。将来的には、さまざまな動物の幹細胞がスーパーで売られ、キッチンにある炊飯器の隣に置かれた「食肉メーカー」で手軽に培養して食べる、といったような未来が来るのかもしれません。

細胞農業界は透明性が高く、どの企業も、自分たちがどんな技術を用いてどんな製品を作っているのか、正確に消費者に知ってもらいたいと願っています。正しい理解を得ることで、市場で受け入れられるという自信の表れでしょう。

このため、各企業のウェブサイトも十分な情報が載せられているものが多く、生産工程の詳しい説明や製品イメージ、Q&Aなどを見ることができます。気になった企業があれば、ぜひ一度ご覧になってください。

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