【シリーズ 未来の食】 第8回 微生物発酵 〜菌のはたらきを活用する生産手法を深掘り〜

【シリーズ 未来の食】

最終更新日:2024.07.12

第1回 世界で広がりを見せる代替プロテイン、どんな技術や製品がある?
第2回 代替プロテインはなぜ必要?社会に与えるインパクトを解説
第3回 代替プロテイン業界の歩み、誕生から現在に至るまで
第4回 植物性食品 〜日本の家庭でも身近な健康食〜
第5回 細胞培養 〜エシカル&サステナブルな肉を生み出す新技術〜
第6回 培養肉の製品化に向けて、クリアしなければならない課題は?
第7回 培養肉の認可に必要なプロセスは?各国で異なる法規制と申請の流れ
第8回 微生物発酵 〜菌のはたらきを活用する生産手法を深掘り〜
第9回 その他の技術開発動向について(分子農業、昆虫食ほか)

味噌や醤油造りに古くから活用され、日本食とは切っても切れない関係にある発酵技術。細菌、酵母、真菌(カビ)などの微生物のはたらきを借りて食品の性質を変化させたり、新たに有用物質を生み出したりする技術ですが、利用する微生物や手法の違いにより以下の3つに分類されています。

● 伝統発酵:味噌、日本酒、納豆など、伝統的な発酵食品のベースとなる手法

● バイオマス発酵:タンパク質を豊富に含む微生物を増殖させて、食用とする手法

● 精密発酵:微生物に遺伝子組み換えを施して、目当ての物質を生産させる手法

伝統発酵

* 伝統発酵に関する記事一覧 ▶︎


まず伝統発酵とは、私たちにとって身近な発酵食品に使われている、なじみの深い技術のこと。

微生物が生み出す酵素により、食品中のタンパク質や炭水化物が分解・代謝されることで、食品の風味や性質を変化させることができ、形は違えど世界中の国や地域で利用されてきました。

代替プロテインの開発でこの伝統発酵技術を使っている企業はあまり多くありませんが、以下のような例があります。

 企業名 国名 設立年    代表的な製品
The Mediterranean Food Lab ▶︎ 🇮🇱 イスラエル 2019 香料、調味料

穀物や豆類、食品廃棄物を発酵させて、代替肉の風味を高める肉エキスなどの調味料を開発

Chunk Foods ▶︎ 🇮🇱 イスラエル
🇺🇸 米国
2020 代替肉「Chunk」

植物由来の成分と固体発酵を組み合わせた、ホールカットステーキ肉を開発
ニューヨークに本社を移転し、米国全土の外食市場に販売網を拡大

Stockeld Dreamery ▶︎ 🇸🇪 スウェーデン 2019 植物性チェダーチーズ「MELT」

エンドウ豆やひよこ豆、レンズ豆を発酵させる製法でチーズを製造
ニューヨークの外食市場に進出しており、小売り販売も予定

Miyoko’s Creamery ▶︎ 🇺🇸 米国 2014 植物性バター、クリームチーズ

日本生まれのミヨコ・シナーが米国で創業
カシューナッツやオーツ麦を発酵させて、乳製品の風味を忠実に再現
製品パッケージに「バター」という言葉を使用する権利を巡って、カリフォルニア州を相手取った訴訟に勝利

Prime Roots ▶︎ 🇺🇸 米国 2017 代替肉「Classic Smoked Koji Ham」

麹菌を使って加工肉製品を製造
Quornとも提携し、米国内のデリカテッセン市場で販売

MycoTechnology ▶︎ 🇺🇸 米国 2013 タンパク質原料「FermentIQ」、天然香料「ClearIQ」

エンドウ豆や米のタンパク質をシイタケの菌糸体と合わせて発酵させた「FermentIQ」で、EUの新規食品(Novel Food)認証を取得
天然のトリュフ(honey truffle)に由来する甘味タンパク質を発見
企業の発酵生産のスケールアップを支援する、FaaS(Fermentation as a Service)事業も実施

Pureture ▶︎ 🇺🇸 米国 2022

酵母菌の液体発酵により、カゼインの機能を模した植物性タンパク質成分を開発
遺伝子組み換え技術を使用せず、規制認可に縛られない展開を図る

©︎Miyoko’s Creamery

©︎Chunk Foods

©︎Stockeld Dreamery

©︎Prime Roots

バイオマス発酵

* バイオマス発酵に関する記事一覧 ▶︎


2つ目のバイオマス発酵とは、微生物の高タンパク質含有量と急速な増殖を利用して、タンパク質が豊富な食品を効率的に大量生産する手法。特徴としては、増殖させた微生物自体を代替プロテインとして、食品原料に用います。

中でも最も多く行われているのが、糸状菌と呼ばれる菌類の菌糸体を増殖させる手法です。キノコの通常食用とされる部分を「子実体」と呼ぶのに対し、子実体を成長させるための栄養を溜め込んだ、地下の根の部分が「菌糸体」。

この菌糸体を増殖させて生成したタンパク質は「マイコプロテイン」といい、タンパク質や繊維質を豊富に含んでいるのが特徴です。植物性食品に比べて歯応えがあるため、代替肉製品として成形することで本物の肉に近い食感が得られるほか、キノコ特有のうま味成分が風味改善にも役立つとされています。

また、菌はわずか数日で成長するため、動物の飼育や植物の栽培と比べると、はるかに効率的な生産が可能です。

バイオマス発酵を手掛ける代表的なスタートアップ企業と製品を、以下にまとめました。

 企業名 国名 設立年    代表的な製品
Marlow Foods ▶︎ 🇬🇧 英国 1983 菌糸体ミート「Quorn」シリーズ

1985年に初の菌糸体食品として「Quorn」ブランドを発売し、欧米の消費者向けに展開
年間約7万トンの生産能力を持ち、2023年からB2Bで原料としての供給も開始

ENOUGH ▶︎ 🇬🇧 英国 2015 マイコプロテイン「Abunda」

オランダに大規模生産施設(年間1万トン)を保有、2027年を目処に年間6万トンまで拡大する計画
廃棄物ゼロの循環型生産プロセスを構築
B2Bの原料供給に向け、穀物メジャーのカーギルなどと提携を進める
米FDA GRAS認証取得(2022)

Mycorena ▶︎ 🇸🇪 スウェーデン 2017 マイコプロテイン「Promyc」、代替脂肪「Mycolein」

Revo Foodsの3Dプリント製品「THE FILET」など、B2B向けの原料供給がメイン
史上初となる菌類由来のバターや代替脂肪を開発

Enifer ▶︎ 🇫🇮 フィンランド 2020 マイコプロテイン「PEKILO」

1970年代にフィンランドの林業技術者により開発された、マイコプロテインの商業生産を行う世界初のプロセスをベースに事業化
林業から出た副産物を栄養分として有効活用し、菌糸体を育てる製法

Libre Foods ▶︎ 🇪🇸 スペイン 2021 植物性ベーコン「Libre Bacon」、菌糸体ミート「Libre Chicken」

マッシュルームをベースとした植物性ベーコンの開発から着手し、スペイン国内で発売
EUで規制認可の対象外となる菌株の菌糸体を使用して、ホールカットの鶏胸肉を開発中

Nature’s Fynd ▶︎ 🇺🇸 米国 2012 タンパク質原料「Fy Protein」、ヨーグルト「Dairy-Free Fy Yogurt」、クリームチーズ

ビル・ゲイツやジェフ・ベゾスからも支援を受け、Whole Foods Marketなどで代替乳製品を展開 
イエローストーン国立公園の間欠泉に生息する極限環境微生物(Fusarium strain flavolapis)を活用 
米FDA GRAS認証(2021)、カナダ保健省からの販売認可(2023)を取得

The Better Meat Co. ▶︎ 🇺🇸 米国 2018 マイコプロテイン「Rhiza」

『クリーンミート 培養肉が世界を変える』の著者、ポール・シャピロが設立
B2B向けの原料供給がメイン
米FDA GRAS認証取得(2024)

Meati Foods ▶︎ 🇺🇸 米国 2017 菌糸体ミート「Eat Meati」シリーズ

Whole Foods MarketやKrogerなど、全米の6,000店舗で小売り販売
自社の原料を使用した新製品を毎月顧客に届ける、定期購入サービス「Meati Marketplace」を展開
菌糸体が持つ健康効果(心臓血管の健康増進など)を実証するためAIツールを活用

©︎Quorn

©︎Nature’s Fynd

©︎Libre Foods

Promyc ©︎Mycorena

精密発酵

* 精密発酵に関する記事一覧 ▶︎


3つ目の精密発酵とは、細菌や酵母といった微生物に、タンパク質など目当ての物質を作り出す遺伝子を注入して、微生物のはたらきによりその物質を生産させる手法。乳タンパク質やコラーゲンなど、特定の原料や素材の生産に使われています。

例えば、牛乳に含まれる乳清(ホエイ)タンパク質を作りたい場合、ウシのDNAの中から乳清タンパク質の合成を支持する部分を特定・抽出し、酵母などの遺伝子に注入。これに栄養分を与えてやると、酵母が勝手に乳清タンパク質を作り出してくれるようになり、同じ酵母を培養することで大量生産が可能になるという仕組みです。

牛乳自体を作るには、主要な6種類(カゼイン4種+ホエイ2種)のタンパク質があればよく、そこに脂肪分などの必要な成分を後から添加することでほぼ再現できるといいます。

こうしてできた牛乳は、コレステロールや乳糖(乳糖不耐症を引き起こす場合がある)を含まず、細菌の混入がないため賞味期限が格段に長くなるというメリットも。

「これまでに開発された中で最も重要な環境技術」と評価する専門家もいるほどプラスの環境影響も大きく、以下のように、あらゆるものを生産するスタートアップ企業が次々と誕生しています。

 企業名 国名 設立年    代表的な製品
Perfect Day ▶︎ 🇺🇸 米国 2014 乳清タンパク質(β-ラクトグロブリン)

米FDA GRAS認証取得(2020)、シンガポール、香港、インドでも認可取得済み
マース、ネスレ、ベルグループなど、著名ブランドとのコラボレーション多数
2019年に初の消費者向け精密発酵乳製品(アイスクリーム)を発売
2023年に消費者向けブランドを手放し、B2Bの原料供給と精密発酵コンサルティング事業に集中

New Culture ▶︎ 🇺🇸 米国 2018 モッツァレラチーズ(カゼイン)

1バッチあたりピザ25,000枚分のチーズを製造できる、カゼインの大規模生産に成功
2024年、米国のフードサービス業界に進出予定
カゼインでは唯一のGRAS自己認証取得(2024)

Geltor ▶︎ 🇺🇸 米国 2015 コラーゲン、ゼラチン、エラスチン

マストドンのDNAを再現して生産したゼラチンを用いた「マストドングミ」を発表し、注目を集める
その後、2017年に化粧品メーカー向けのゼラチン原料として製品化

MeliBio ▶︎ 🇺🇸 米国 2020 植物性ハチミツ「Mellody」

精密発酵ハチミツを開発する世界初の企業として創業、TIME誌の「2021年の最も優れた発明品100」に選ばれる
現在は植物性原料を用いたハチミツの展開に軸足を置きつつ、精密発酵ハチミツの開発を継続

The EVERY Company ▶︎ 🇺🇸 米国 2014 卵白タンパク質「EVERY Protein」「EVERY EggWhite」、液卵「EVERY Egg」

2021年にアニマルフリーの卵白タンパク質を世界で初めて商品化し、米FDA GRAS認証取得
植物性代替肉のほか、スムージー、コーヒー、アルコール飲料など多数の用途で採用実績あり
精密発酵により作られた世界初の液卵「EVERY Egg」を外食産業向けに発売予定

Onego Bio ▶︎ 🇫🇮 フィンランド 2022 卵白タンパク質「Bioalbumen」

国立のVTTフィンランド技術研究センターからスピンオフする形で設立
Fast Company誌の「2023年 世界を変えるアイデア賞」受賞

Formo ▶︎ 🇩🇪 ドイツ 2019 クリームチーズ「Frischhain」「Le Kreuzberg」(カゼイン)

菌株開発のため、バイオテクノロジー企業Brain Biotechと提携
クリームチーズは近くドイツで展開予定、代替卵の開発にも着手

Remilk ▶︎ 🇮🇱 イスラエル 2019 乳清タンパク質(β-ラクトグロブリン)

米FDA GRAS認証取得(2023)、シンガポール、イスラエル、カナダでも認可取得済み
B2B向けの原料供給がメイン(ゼネラル・ミルズほか)

TurtleTree ▶︎ 🇸🇬 シンガポール 2019 ウシラクトフェリン「LF+」

乳児用粉ミルクの栄養を強化するラクトフェリン(乳清タンパク質の一種)を、世界で初めて精密発酵により生産
米国でGRAS自己認証取得(2023)

©︎New Culture

Bioalbumen ©︎Onego Bio

©︎Perfect Day

©︎The EVERY Co.

規制認可が進めば、当面の有効な選択肢に


上記のうち、伝統発酵・バイオマス発酵は歴史もあり世の中に浸透している技術ですが、精密発酵については、自然界に本来存在しないはずの遺伝子を人間の手で作り出すことの是非に関して、議論の余地があります。

とはいえ、チーズ製造に一般的に用いられているレンネット(凝乳酵素)や、糖尿病患者が注射するヒトインスリンも、精密発酵と同様の手法で人工的に作られたもの。そのほか、米国などではワインの製造に遺伝子組み換え酵母の使用が認められており、病害予防や有害なヒスタミンの生成防止などの目的で利用されているともいいます。

また、精密発酵では、遺伝子組み換えした細菌や酵母は発酵後の過程で取り除かれるため、最終製品としては「GMOフリー」を謳うことが可能。遺伝子組み換え技術の推進に消極的な欧州では認可が遅れているものの、広く受け入れられるようになるのも時間の問題でしょう。

精密発酵に関わるいくつかの欧州企業は業界団体「Food Fermentation Europe」を結成し、規制当局とのやり取りなど、認可の促進に向けた取り組みを共同で進めています。

一方、米国での販売にあたっては、「食品添加物」の安全性を保証する米国食品医薬品局(FDA)GRAS認証取得が要件となります。Perfect Dayの乳清タンパク質や、The EVERY Companyの卵白タンパク質などは、早くからこのGRAS認証を取得済み。

2023年末ごろからラクトフェリン(TurtleTree)、カゼイン(New Culture)、ブラゼイン(Oobli)と新たな成分でも認可のニュースが立て続けに見られており、今後一層の増加が期待されます。

米国ではまた、Perfect Dayをはじめ精密発酵を手掛ける9社が「Precision Fermentation Alliance」を創設。精密発酵技術についての理解促進、規制遵守のためのベストプラクティスの開発、公的資金と官民パートナーシップの確保を通した業界の成長加速に重点を置いて活動中です。

第6回で解説したように、培養肉の生産上の課題が解決されるまでには今しばらく時間がかかると思われ、当面は微生物発酵の活用が有効な選択肢になるのではと期待されます。

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