【シリーズ 未来の食】 第2回 代替プロテインはなぜ必要?社会に与えるインパクトを解説

【シリーズ 未来の食】

最終更新日:2024.04.30

第1回 世界で広がりを見せる代替プロテイン、どんな技術や製品がある?
第2回 代替プロテインはなぜ必要?社会に与えるインパクトを解説
第3回 代替プロテイン業界の歩み、誕生から現在に至るまで
第4回 植物性食品 〜日本の家庭でも身近な健康食〜
第5回 細胞培養 〜エシカル&サステナブルな肉を生み出す新技術〜
第6回 培養肉の製品化に向けて、クリアしなければならない課題は?
第7回 培養肉の認可に必要なプロセスは?各国で異なる法規制と申請の流れ
第8回 微生物発酵 〜菌のはたらきを活用する生産手法を深掘り〜
第9回 その他の技術開発動向について(分子農業、昆虫食ほか)

前回の冒頭で、代替プロテインは食料危機の解決策になると書きました。ですが、いくら「世界人口が増加して食料不足になる」とはいっても、それが自身にとって身近な問題と感じられなければ、これまでなじみのなかった新奇な食べ物をあえて口にしようという気は起こらないかもしれません。

そこで今回は、代替プロテインがもたらすと期待されているメリットについて、具体的な数字を挙げながら見ていきたいと思います。

家畜を育てて屠殺する畜産は、極めて非効率


前回も触れたとおり、地球上で暮らす人間は80億人以上。これだけの人数が生きていくために、毎日200億リットルの水と150億キロの食料を消費しているといいます。

これに対して、地球上で家畜として飼育されている牛の数は、およそ15億頭。人間の5分の1にも満たない数ながら、これだけの牛を育てるにはさらに多くの資源、一日あたり概算で何と1,000億リットルの水と450億キロの食料が必要です。

さらに、国連食糧農業機関(FAO)によると、すでに地球上の利用可能な土地の3分の1以上、水の5分の1以上が畜産に利用されているにもかかわらず、2050年までに肉の消費量は40%程度の増加が予測されるとのこと。言うまでもなく地球上の土地には限りがあるため、それだけの食料を従来型の畜産のみで賄っていくのは、実質的に不可能だといえるでしょう。

それに比べて、代替プロテイン生産では広大な牧草地を必要としないため、都心部での生産も可能。生産地と消費地を近づけることができれば、輸送コストや環境汚染も抑えることができます。

独立した第三者機関により実施されたライフサイクルアセスメントでは、従来型の畜産(牛肉)と比較した場合、培養肉生産では気候への影響を最大92%、大気汚染を94%、土地利用を90%削減できるとの試算も。

従来型の畜産を代替プロテイン生産へと切り替えることで、余った土地を野生動物生息地の復元や、リジェネラティブ農業(健全な土壌を維持することに重点を置いた環境再生型農業)に利用することが可能になります。

畜産業はトップクラスの地球温暖化要因


牛の出すメタンガスが地球温暖化の一因となっていることはよく知られた事実ですが、FAOの調査によると、畜産に由来するCO₂やメタンガスの温暖化影響は、実に全体の14.5%。これは自動車や電車、飛行機などを合わせた運輸業からの総排出量にも匹敵する数字です。

それに加えて、家畜の飼料となる大豆の生産には広大な土地が占有され、これが南米アマゾンなどにおける森林伐採の最大の原因となっています。

代替プロテインが普及すれば、家畜の飼育頭数を減らせるため、当然必要な飼料の量も少なく済み、直接・間接両方の排出を抑えることが可能。その上、第9回で詳しく紹介するガス発酵技術では、CO₂をタンパク質に変換することで、数億トン規模のカーボンオフセットにつながると期待されています。

地球環境のことを考えると、化石燃料を再生可能エネルギーに置き換えなければならないのと同様に、従来型の畜産から代替プロテイン生産へと移行していく必要があるでしょう。後戻りのできない気候変動や環境汚染から地球を救うためには、一刻も早い転換が望まれます。

培養肉は、細菌や農薬汚染のない「クリーンな」肉


肉や卵を扱う飲食店や調理施設、加工工場などを悩ませる食中毒菌。1996年の学校給食や2011年の牛ユッケの事件が社会問題となった腸管出血性大腸菌(O157、O111など)や、鶏卵が原因となることが多いサルモネラ菌が代表的です。

日本に比べて食中毒報告件数の多い米国では、大腸菌による食中毒患者が年間26万5,000人、サルモネラ菌は同135万人に上ると推定されています。

通常の生肉は細菌だらけのため、中心部までしっかり加熱することや調理器具の消毒が不可欠ですが、培養肉ならそんな心配も要りません。食中毒が起こるとすれば、肉に由来するものではなく、人の手による二次汚染が主な原因でしょう。

菌といえば、もう一つ大きな問題を引き起こしているのが、薬剤耐性菌の存在です。家畜として飼育される動物には、病気の予防と成長促進を目的として抗生物質が投与されます。EUでは成長促進目的での使用を禁じていますが、日本や米国など使用が一般的な国も多く、現在世界中で使用されている抗生物質の73%は家畜に投与されているとも。

近年、この抗生物質の多用により薬剤耐性菌(抗生物質が効かなくなった菌)が増加。次第にヒトにも影響を与えはじめ、世界保健機関(WHO)によると、世界で年間約130万人の死亡に直接関与していると推定されます。

抗生物質に加えて、成長ホルモン(肥育ホルモン剤)の投与も多くの国で一般的。健康被害のリスクが考えられることから日本では投与が禁止されていますが、投与された肉の輸入は認められています。

さらに付け加えると、家畜の飼料となる穀物の生産には化学肥料や農薬が使用されるため、残留農薬などが存在する恐れも否定できません。

この点、細胞から培養された肉は、成長ホルモンや農薬、細菌に汚染されていません。自動化されたプロセスにより無菌環境で生産される培養肉は、抗生物質の使用もなくす、もしくは大幅に削減することが可能。培養肉が一時期「クリーンミート」と呼ばれていた理由は、ここにあります。

また、賞味期限を長く設定できることで、フードロス削減にもつながるでしょう。

健康に良い肉をデザインできる可能性も


植物性食品を中心とした食生活を続けることで、一定の健康効果が得られることが研究で示されています。WHOレポートでは、世界中の成人の死因のうち20%が不健康な食事に関連しているとした上で、野菜や果物の摂取量が多いほど、心臓病や脳卒中のリスクが低いことに言及しています。

また、がんの中でも食事との関連性が特に高いとされる大腸がんについても、加工肉や未加工の赤身肉を頻繁に(週4回以上)摂取すると、発症リスクが高まることが分かってきました。

さらに、いくつかの研究から、ベジタリアンやヴィーガンは肥満率が低いことが示されています。糖尿病と肥満率との間には相関があるため、植物性食品を摂取する人は糖尿病への罹患率も低いといえるでしょう。

これらを踏まえ、上記のレポートでは、植物性食品を中心とした食生活へと徐々に移行していくことは「健康にとって有益」だと結論づけています。ただし、動物性食品に多く含まれる鉄分やビタミンB12などが欠乏する恐れがあるほか、最近の分析では脳卒中のリスクが増加するという報告も。やはり肉からの栄養摂取も重要なため、植物性代替肉に加えて、培養肉の技術確立が待たれます。

第5回で詳しく解説しますが、培養肉の生産過程では、培養した筋細胞に、脂肪など残りの成分を加えて完成させます。このとき、動物性食品に含まれ動脈硬化を引き起こす飽和脂肪酸の代わりに、オメガ3脂肪酸などを加えることで、動物性・植物性双方の利点を併せ持った食肉をデザインすることも可能です。

日本でも代替プロテインの推進は重要


これまでの内容をまとめると、代替プロテイン生産、とりわけ培養肉生産を推し進めることで、①資源利用の効率性、②気候変動対策、③感染症予防、④健康といった面から非常に大きなメリットが見込めます。

将来的には、宇宙船にバイオリアクター(細胞の培養を行うタンク)や3Dプリンターを積めば宇宙でも肉を自作でき、惑星開拓の際の食料調達という課題の解決にもつながるかもしれません。

日本では本来、植物性タンパク質を豊富に取る食文化が根付いており、欧米ほどタンパク摂取源に占める肉の割合が高くなく、また環境問題に対する意識も低いため、肉食と環境問題とを結び付けて考えられる人の少ないことが問題といえるでしょう。

畜産業・漁業従事者の減少が叫ばれる中、安全な食料を自給していくという観点からも、代替プロテインが果たせる役割には大きなものがあります。

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