【シリーズ 未来の食】 第6回 培養肉の製品化に向けて、クリアしなければならない課題は?

【シリーズ 未来の食】

最終更新日:2024.04.30

第1回 世界で広がりを見せる代替プロテイン、どんな技術や製品がある?
第2回 代替プロテインはなぜ必要?社会に与えるインパクトを解説
第3回 代替プロテイン業界の歩み、誕生から現在に至るまで
第4回 植物性食品 〜日本の家庭でも身近な健康食〜
第5回 細胞培養 〜エシカル&サステナブルな肉を生み出す新技術〜
第6回 培養肉の製品化に向けて、クリアしなければならない課題は?
第7回 培養肉の認可に必要なプロセスは?各国で異なる法規制と申請の流れ
第8回 微生物発酵 〜菌のはたらきを活用する生産手法を深掘り〜
第9回 その他の技術開発動向について(分子農業、昆虫食ほか)

前回は、細胞培養という技術の概要や、培養肉企業の動向について触れました。製品化に向けた企業の開発努力が続けられているものの、現段階では多くの課題も残っています。近い将来に解決しなければならないこれらの課題について、現状をお伝えいたします。

適切な細胞の調達


培養に適した細胞が手に入るかどうかは、培養肉生産の成否を左右する重要なポイント。ですが、マウスやヒトの細胞については盛んに研究されている一方で、ウシやブタの細胞に関しては、これまであまり研究がなされてきませんでした。

採取した細胞から細胞株(不死化して無限に増殖が可能になった細胞)を樹立するのは簡単ではない上、高い増殖性遺伝的安定性といった特性も重要になります。今のところ、細胞株を樹立できているのは培養肉の研究開発を行う一握りのスタートアップ企業などに限られており、医療分野で見られるようなサプライヤーもほぼ存在していません。

現在培養肉の開発を行っている企業では、屠殺された動物から細胞を採取するケースが多い様子。生きている動物から採取できる機会が限られていたり、細胞分離を行う施設から遠かったりといった理由により、細胞自体の調達プロセスにも難がありました。今後、畜産業者との連携によりスムーズな調達を実現できれば、畜産業者にとっても新たな収入源の創出につながるかもしれません。

培養を開始する細胞の種類としては、線維芽細胞が最もよく使われるようです。より望ましいのは多様な細胞に分化できる特性を持つ胚性幹細胞(ES細胞)人工多能性幹細胞 (iPS細胞)ですが、特に陸生動物においては入手が困難であり、これらの貴重な細胞株を供給できるサプライヤーが求められています。

長らく課題であったこの状況にも、2023年に入って動きがありました。英国の企業Extracellularが、ライセンスフリーで低価格の細胞バンクを立ち上げ。まずは高品質な初代培養細胞(まだ不死化されていない細胞)を提供することで、培養肉スタートアップの細胞株樹立を支援する目的です。

同じく英国の大学研究から出発したPluriCellsは、ウシ、ブタ、ヒツジのES細胞株の供給を開始。イスラエルのProFuse Technologyは、自然に不死化したウシの筋芽細胞株を発売しています。

規模の拡大とコストの低下


細胞培養の技術は本来医療目的で開発されたもののため、規模とコストの面でかなりの制約があります。

オランダのマーク・ポストが2013年に培養肉ハンバーグを初披露した際は、わずか140gのパティに33万ドル(キロ単価3億5,000万円)という、途方もない金額がかかっていました。ですが、そのわずか2年後までには80%近いコストダウンに成功。2015年にMemphis Meats(現:UPSIDE Foods)が発表した培養ミートボールの生産コストは、1,200ドル(キロ単価600万円)でした。

米国企業のArk Biotechが2023年7月に公表したレポートでは、現在の生産方法で実現できる培養肉の最低売上原価を、1ポンド29.5ドル(キロ単価9,000円弱)と試算しています。これでも市販されている牛肉と比べて非常に高価ではありますが、開発が進むにつれ確実にコストダウンがなされています。

マッキンゼーによると、培養肉生産にかかるコストはヒトゲノム解読を上回るスピードで低下しているといい、2030年ごろには従来の食肉と同等の価格を達成することも可能だとの予測が出されています。 

新型コロナ禍で広まったPCR検査も、今では数千円で手軽に受けることができますが、技術が開発された当初は何千億円もかかっていたように、どんな技術でも初めは大金がかかるもの。培養肉生産についても同じことがいえます。

培養肉生産では、まず家畜の飼育や解体がなくなることで人件費が抑えられ、次第により安価な培地や大型のバイオリアクターが利用可能になることで、製造原価の低減が見込めます。また、農地の要らない細胞培養は都市部でも行えるため、生産地と消費地との距離が近くなり、輸送コストも安く済ませることが可能です。

当初はハイエンド製品から導入が進み、規模の拡大に合わせてさらにコストが低下。培養肉生産の圧倒的な効率性は第2回で示したとおりで、成長に向けた十分な投資がなされさえすれば、コスト競争力をつけられる見込みが高いといえるでしょう。当面のソリューションとしては、植物由来の原料や従来の肉と混合させた、「ハイブリッド肉」製品も有望な選択肢です。

アニマルフリーの培地開発


十分なコストダウンを達成するため避けては通れないのが、現在の生産コストの80%を占めるといわれる、培地の問題です。

分裂を繰り返す細胞に栄養を供給する培地には、細胞の増殖を促進する「成長因子」と呼ばれる成分が添加されます。この成長因子は、血液から作られるウシ胎児血清(FBS)が最も一般的で、前述のマーク・ポストの試験生産でもFBSが使われていました。 

ただし、ウシの胎児1頭から採れる血清でたった1kgの肉しか作れないという試算もあるほど高コストなことに加え、これを採取するためには母牛も含めた殺処分が必要という倫理的な問題もあり、FBSに匹敵する機能性を持った代替品の開発が急務です。

近年になって、動物由来の血清を使用しない方法や、血清自体を使用しない方法というのも考案されてきました。米国のパイオニア企業Eat Justは、AIを駆使して植物由来の原料を探索し、2017年に他社に先駆けてアニマルフリーの培地を開発しています。

日本のインテグリカルチャーは2023年、血清などの成長因子を一切使うことなく培養フォアグラの生産に成功。英国のMultusは世界で初めて無血清培地の大型工場を開設し、受託生産も可能な体制を整えています。

法規制のクリアと、畜産業界への対応


現在、培養肉の販売が認められているのは、シンガポール米国イスラエルの3カ国のみ。欧州では申請が出された例はあるものの、EUとしての認可プロセスはかなり不透明な部分が多く、どの企業もまだ様子見の段階だといえます。今後は、販売認可を得るために必要な書類や安全性試験について、各国・地域の規制当局がより明確にしていく必要性があるでしょう。

また、培養肉受容の動きに反発する畜産業界のロビー活動も、普及を妨げる見えない壁。実際、ロビー団体の影響力が大きい(と思われる)イタリアルーマニアなどでは、培養肉禁止に向けた法制定の動きも起こっています。

米国で畜産の盛んな一部の州では、飼育場や解体処理場の写真を撮ることや、そうした内情を暴く目的を隠して畜産の仕事に就くことを違法と定めている法律もあるほどで、業界の持つ影響力の大きさがうかがえます。

一方、チーズという乳製品の伝統がありながらも、政府内に熱心な環境保護主義者を多数抱えるオランダでは、代替プロテインの開発に積極的。2022年には、政府が細胞農業に対して世界でも類を見ない6,000万ユーロ(90億円超)の助成金拠出を発表するなど、国を挙げて細胞農業に注力する姿勢を示しています。

イスラム教徒・ユダヤ教徒などへの対応


キリスト教徒に次いで人口が多く、世界人口の4分の1を占めるイスラム教徒。イスラム教の教えでは「ハラール」という規定に則り、食べてよいものと悪いものが厳格に区別されています。

食肉に関しては、豚肉のほか、血液を含んだ肉などは禁止され、屠殺の方法についての細かな規定も。培養肉がイスラム社会で広く受け入れられるためには、ハラール認証の取得が必須といえます。

また、ユダヤ教でも戒律に基づく「コーシャ」という食品認証制度が存在。食の安全を担保するものとしてユダヤ教徒以外にも浸透しており、米国で流通する加工食品の約4割がコーシャ対応となっています。

Impossible Foodsなどの植物性代替肉企業の中には、ハラール認証、コーシャ認証ともに取得している企業も多くあります。しかし培養肉に関しては、これまで宗教の枠組みでどういう風に扱われるのか不透明でした。

そんな中、2023年9月に、サウジアラビアのイスラム法学者が見解を発表。イスラム法に則って屠殺された動物から細胞を採取するなどの一定の基準を満たせば、培養肉はハラールとみなすことができると結論づけました。2024年2月には、シンガポールで唯一のハラール認証機関も同様の見解を出し、ガイドラインを策定しています。

コーシャ認証についても、2023年にイスラエル企業SuperMeatの培養鶏肉が初の認証を取得しました。これからハラール、コーシャともに認証を受ける企業の増加が予想されます。

正しい情報発信による、消費者の受容拡大


ここ最近、週刊誌などでも培養肉や昆虫食が、「怪しい」「ヤバい」といった人目を引く煽り文句で特集されているのを目にするようになりました。消費者として安全性を疑うのは自然な行動ではありますが、根拠のない情報に踊らされず、客観的な視点で正しく判断することが求められます。

反対派の声としてよく耳にするのが、培養肉は「自然ではない」という意見。ですが、そもそも自然か不自然かの判断は、人間の都合に大きく左右されているものかもしれません。

飼育されている鶏は体重を不自然に増加させる遺伝子操作をされていますし、食用の牡牛を去勢することや、乳牛を人工授精で常に妊娠状態にしておくことも当たり前のように行われています。

遺伝子組換えなどの食品科学の応用に懐疑的な欧州においても、今や代替プロテインの確保に向けたさまざまな施策が打たれています。技術革新により生まれてきた新たなソリューションに対して、無知から来る拒否反応を示してしまう気持ちは分かりますが、まずはその背景やメリットを十分理解しようと努めるべきです。

幸いなことに、問題の背景や培養肉の普及がもたらすメリットを詳しく説明した上でなら、肯定的な意見を示す人は多くなるという研究結果も出ています。もちろん世の中そういった人ばかりではないものの、消費者が食品に求めるものは、結局のところ「価格・味・利便性」。これらの点で培養肉が従来の食肉に太刀打ちできるようになれば、一気に受容が進むでしょう。

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